車に乗り、織田は出発した。車が駐車場を出るまで、由利子は立って見送っていた。
少し走ってから、公衆電話を見つけて彼は車を止めた。
テレフォンカードを入れて番号ボタンを押す。靖子はすぐに出た。
「旅行のことだけど、一つだけ希望がある」
「なあに?」
「レンタカーはやめよう」
「えっ、どうして?」
「どうしてもさ。今回はやめだ」
「変なの」
不審そうにしながらも、靖子は笑っているようだった。「いいわ、じゃあやめましょ。ねえ、今夜はあたしの家に来て。御馳走する
seo公司わ」
「了解」
電話を切ると、織田は鼻歌をうたいながら車に乗り込んだ。
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東野さんの小説に『同級生』というのがある。それとはなんの関係もないのだが、わたしと彼とは同級生である。
学校が一緒だったわけではない。江戸川乱歩賞も彼のほうが一年先輩だ。年齢はといえば、わたしのほうが一回りも上である。
ではなぜ同級生なのかというと、一緒に落選したことがあるのだ。乱歩賞に――。たしか、高橋克彦氏が、『写楽殺人事件』で受賞さ
峇里島旅行團れた年だったと思う。
『小説現代』という小説誌が講談社から発行されているが、上で発表され、一次予選を通過した応募者の名前も掲載される。その中で、ちょっと濃い字になっているのが二次予選まで残った人、*印がついているのが最終選考に残った人だ。
わたしの名は、その〝ちょっとだけ濃い字?になっている二十人ばかりの中にあった。二次予選は通ったものの、最終候補にはなれなかったわけだ。
それでもわたしは、その『小説現代』を大事にとっておいた。落ちたとはいえ、この作品は、わたしにとって初めて書いた推理小説、そして初の応募作である。
で、その翌々年のこと。またあらたな受賞者が発表された。若い男性二名の受賞である。
東野圭吾
森雅裕
あれ、と思った。東野圭吾という名に、見覚えがある。急いで前々年の『小説現代』を取り出してみた。
やっぱり! わたしと一緒に落っこちた人ではないか。
こういう時の気持というのは、ちょっと複雑である。まず、「よかった!」という、無条件に嬉しい気持。
自分が受賞したわけでもないのに、なぜ、と思われるだろう。だが不思議なもので、一昨年一緒に落ちたんだと思うと、『共にがんばってきた同志』という気分になる。東野さんのほうにはそんな気分などはなかったかもしれないが、わたしにはあった。